外国語を話せるあさりを目指す
絵が好きなしじみ涼子は中学に入り美術部に所属します。
本格的に油絵を描く先輩たちもいましたが、その頃の私の楽しみは文化祭で同級生たちと一緒に
自分たちの空間を作り上げる事でした。
アンリ・ルソーの「蛇使いの女」を教室の中に再現してみたり、サーカスの世界を作ってみたり。
そういったことは、はまぐり涼子の個展セッティングに影響していて
物語の世界に浸れる空間に憧れているのだなと感じています。
そして英語が好きだった高校時代、ひょんなことからスペイン語を学ぶ機会を得て
新しい外国語の虜になりました。
日常で慣れていたアルファベットの英語の読み方と発音とは全く違った新しい言葉の世界にわくわくし、
読み解き意思が通じる喜びに一気に引き込まれ、高校3年の夏にスペイン語を専攻すると決めました。
美術大学へのほのかな憧れもあったので芸術系を選択する同級生も何人かいて羨ましいと思う一方、
受験のために予備校に行く流れに私は違和感と不安を感じました。
楽しくて大好きな絵が嫌いになってしまわないだろうか?
そんな思いの裏には自分の絵に対する思いが外から傷つけられたり、
他人から評価されることへの恐怖もあったのかなと思います。
その時絵を描くのは好きだったけれど人の評価に打ち勝つ自信もなかった私は、
自分の外国語の飲み込みの良さに自信を感じて
語学を選んだ方がいい仕事に就けるのではという打算もあったかもしれません。
短期集中型で受験に望んだ結果、行きたい大学に合格。
入学後もスペイン語への熱意は膨らみ、3年生の年に大学を休学し
スペインのマドリードコンプルテンセ大学に1年留学しました。
その年の9月から始まった同じ大学の外国人コースにはほぼ同年代の様々な国籍の若者がいましたが
驚いたのは小学校2年生の時に結婚してスペインへ行った別のクラスの担当だった先生がいたこと。
改めて学び直すために入学したという先生と同じコースになるなど想像もしませんでした。
そしてもう一つ、その後の自分に潜在的に印象を深く残したのが
大手ゼネコンを辞めて絵の道を志してやってきた日本人男性でした。
彼の目的はスペインで本格的に絵画の腕をあげること。
ビザ取得のために登録したであろう授業にはほとんど顔を見せず美術学校に行っていたようです。
その当時の私は、言葉もろくにできないのに安定した職まで捨てて・・・と思っていましたが、
内心その行動力と決意に衝撃と羨望を感じていたのだと思います。
私の絵描きになりたいという過去の夢を大学に入ってから初めて揺さぶられた出来事でした。
とはいえその時は深く考えることもなく、マドリードでの日々は毎日楽しく新鮮で、
とにかく沢山の人に会い、しゃべることに夢中でした。
空気も景色も人も何もかもが絵になる、と感じた私は、よくスケッチもしていました。
そしてまた絵を描きたい、と思うようになっていたのです。
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